大判例

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名古屋高等裁判所 昭和51年(ネ)544号 判決

控訴人

伊藤すゞ

外二名

右控訴人ら訴訟代理人

大友要助

外三名

被控訴人

黒宮宗重

外三名

右被控訴人ら訴訟代理人

岩越平重郎

主文

本件各控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの連帯負担とする。

事実《省略》

理由

一被控訴人らが原告となり、昭和四七年五月九日、控訴人らを被告として津地方裁判所四日市支部に桑名市吉津屋町四五番宅地227.37平方メートル(本件四五番土地)の所有権移転登記手続を求める訴えを提起し(同庁昭和四七年(ワ)第六五号所有権移転登記請求事件)、昭和四八年九月二七日被控訴人ら全部勝訴の判決言渡があり、控訴人らがこれに対し控訴を提起したところ(名古屋高等裁判所昭和四八年(ネ)第四八八号同控訴事件)、昭和五〇年二月二八日「原判決を取消す。被控訴人らの請求を棄却する。」との控訴人ら勝訴の判決言渡があつて、右判決が確定したことは当事者間に争いがない。

二まず、関係当事者、証人等の身分、親族関係、前訴の弁論の経過、立証の状況、第一・二審判決の判断の内容等について調べてみるに、〈証拠〉を総合すると、次のような事実を認めることができ、この認定を覆えすに足りる証拠はない。

(一)  被控訴人黒宮宗重、同藤田きよ子、同黒宮ひさ子は訴外亡黒宮忠次郎の実子であり、被控訴人黒宮實はその養子(右ひさ子の夫)であつて、右忠次郎は昭和四三年五月三〇日に死亡し、右被控訴人ら四名がその権利義務一切を承継した。また、控訴人伊藤すゞは訴外亡伊藤徳次郎の妻(後妻)であり、控訴人伊藤二郎は右徳次郎の養子、控訴人伊藤照子(右二郎の妻)は徳次郎とその先妻かねえの間の実子であつて、徳次郎は昭和三六年八月二一日に死亡し、右控訴人ら三名がその権利義務一切を承継した。そして、右控訴人伊藤すゞは亡忠次郎の妻黒宮てるの姉黒宮志づの実子であり、後記証人野口英郎は亡徳次郎の妹野口志げの実子である。また、被控訴人黒宮宗重の妻になるのが、後記証人黒宮辰子である。

(二)  前訴の訴状は、被控被人らが委任した訴訟代理人加藤平三弁護士によつて作成され、昭和四七年五月九日第一審裁判所に提出されたものであるが、その請求原因は、亡忠次郎が亡徳次郎から、いずれも生前である昭和二七年四月二六日、桑名市吉津屋町四五番宅地227.37平方メートル(元桑名市大字桑名字吉津屋町一四五〇番宅地五八坪四合四勺及び同所一四五一番宅地五坪五合三勺の換地)とこれに隣接する同市同町四四番宅地245.48平方メートル(元同市大字桑名字吉津屋町一四四八番宅地六七坪一合四勺及び同所一四四九番宅地七坪七合七勺の換地)を代金坪(3.3平方メートル)当り金三、五〇〇円の割合で買受ける旨契約し、その際忠次郎は徳次郎に内金二〇万円を交付し、残代金は所有権移転登記手続完了と同時に支払うこととするが、右登記は、当時右買受土地のうち元一四四八番宅地上に前記野口志げが居宅を建てて住んでいたので、これを立退かせたうえでするとの約定があつたところ、その後昭和二九年頃右野口志げが死亡したので、買主忠次郎が売主徳次郎に右買受土地の所有権移転登記を求めたが、志げの居宅には同女の息子野口英郎夫婦が住んでいて立退に応じないので、訴外大倉茂吉(右英郎の妻の父)らを含め売買当事者が協議した結果、前記四四番土地は右野口英郎に取得させることを合意し、徳次郎は結局本件四五番土地だけを履行すべきことになつたが、右履行が受けられない間に売主、買主双方が死亡し、前記のように控訴人ら並びに被控訴人らがそれぞれ相続人としてその地位を承続したので、買主の承継人である被控訴人らが控訴人らに対し本件四五番土地の所有権移転登記手続を求める、というのである。

これに対し、控訴人らは昭和四七年五月二三月付答弁書(訴訟代理人松村勝俊弁護士)で、右請求原因における売買の主張を否認し、次いで同年一一月九日付準備書面において、仮定抗弁として本件四五番土地の時効取得を主張し、更にその後の昭和四八年八月三〇日付準備書面において、亡徳次郎が交付を受けた金二〇万円は右土地に居宅を新築するための建築資金として亡忠次郎から借用したものであり、自己の居宅の敷地を売却することはありえないなど当時の具体的事情を述べて反論した。

(三)  当事者双方の概ね以上のような弁論に基づき、被控訴人らの提出した封筒入りの「証」と題する書面及び地間面積写書の趣意をめぐつて立証が重ねられた結果、第一審裁判所は、右「証」及び地間面積写書が被控訴人ら主張の売買を証明する文書であるとして、請求認容の判断をしたのであるが、第二審裁判所は、被控訴人らの主張の一部を訂正させ、追加の立証をも参酌して詳細な証拠の検討を加え、右二通の書面はいずれも亡徳次郎の筆跡によるものであるがそれは日付、用紙の異なる別個の書面で、その人間に契印もないこと、特に「証」には最も重要な売買代金の記載がないばかりか、被控訴ら主張の坪当り単価「金三、五〇〇円」の記載もなく、更に「内金二〇万円」の残代金の支払時期や所有権移転登記手続についての取決めもないこと、売買の目的土地がその一部であるとするならその特定が必要であるのに、そのような記載も全くなく、同封の地間面積写書というのも、当時の徳次郎所有土地四筆が列記してあるだけであること、徳次郎が必要としたのは金二〇万円にすぎないのであるから、その資金調達のために同人が新築した居宅の敷地にまで手をつけることはおよそ考えられないこと、被控訴人ら主張の昭和三〇年一一月頃の土地変更契約についても、事柄の重要性にかんがみ、それを証する書面がないのは不合理であることなどの諸点を挙げ、証人黒宮辰子、被控訴人黒宮宗重の第一・二審における各供述(前掲甲第一号証の二五・二六・二八・四〇・四四)は措信できない旨説示し、かつ、それら前訴の証拠関係から肯認できる事実関係は、亡徳次郎が居宅の新築費用として亡忠次郎に金二〇万円の借用を申込んだが、忠次郎から土地を売却するよう要望されて、当時野口志げの居宅のあつた元一四四八番、一四四九番の土地を、同女を立退かせて売却する趣旨の予約をすることで妥協し、売買代金の決定までに至らず、右の金二〇万円は後日売買契約が正式に成立したときにその代金の内金に充てることで前掲「証」を交付したものであるとの認定をし、結局被控訴人ら主張の本件四五番土地の売買契約成立の事実を証明するに足りないとして、原判決を取消し、被控訴人らの請求を棄却した。

三そこで、右の前訴がいわゆる不当訴訟に該当するかどうかを検討する。

民事訴訟は、一定の権利ないし法律関係の存否に関して紛争が生じたときに、これを解決する手段として設けられた公の制度であつて、右制度を利用し、私人が訴を提起して自己に有利な勝訴判決を要求することは、法が当然として容認するところである。そして、右訴訟制度の建前からすれば、訴を提起した者が結果的に敗訴になつたとしても、それで直ちに訴の提起が違法性を帯びて不法行為になるというものでないことは明らかであり、右訴の提起が不法行為に該当するというためには、提訴者が、権利のないことを知りながら、相手方に損害を与えるため、又はその紛争解決以外の目的のためにあえて訴訟の手段に出でたという場合とか、権利のないことを比較的容易に知り得べき事情にあるのに、軽率、不十分な調査のままあえて訴を提起する場合のように、訴の目的その他諸般の事情からみて、それが反社会的、反倫理的と評価され、公序良俗に反するものであることを要すると解するのが相当である。

そこで、これを本件についてみるのになるほど被控訴人らが前訴において提出した「証」と題する書面及び地間面積写書は、前訴第二審判決が指摘するように、土地の売買契約の成立を証明するものとしては、その形式・体裁のほか、売買代金全額の記載や、残代金と所有権移転登記の履行等に関する契定がない点において疑義があり、当時の状況を併わせ考えても、裁判上右売買を証明するに足りないものとの判断を受けたのはやむを得ないところであり、その目的土地をその後本件四五番土地に変更したとする土地変更契約についても確たる証憑が存在しないこととも併わせて、被控訴人らの請求原因事実の証明がないとして請求棄却の判決になつたのは致し方ないところというべきである。しかし、右封筒入りの「証」など二通の書面(甲第一号証の一四・一五)も、前訴における証人黒宮辰子、被控訴人黒宮宗重の第一・二審における各証人、本人調書(甲第一号証の二五・二六・四〇・四四)に徴してみれば、日付・用紙は違つても、同じ徳次郎の筆跡であることに疑いのない右二通の書面が、同じ封筒に一緒に四つ折りになつて入つていたというのであるから、換地前の旧四筆の徳次郎所有土地を記載した地間面積写書が、「証」と一体をなす書面であり、そこに列記された旧四筆の土地が「証」の文書にある「売約」の対象物件を意味するものであることは想像に難くなく、しかも、右「証」には「金弐拾万也」、「右金額拙者所有ノ土地売約致候事確実也但シ内金トシテ正ニ領収仕候也」とあるだけで、右の金二〇万円が借用金であるとか、同書面が担保の差入証であることを窺わせる記載は全くないのである。また一方、被控訴人黒宮宗重方には、本件四五番土地に桑名電報電話局の電柱を建てることを徳次郎が承諾する趣旨の約定書(前訴第七号証)が保管され、更に、同土地の入口には右被控訴人方の石塊などが長年置かれていた事実が、前掲前訴の証人黒宮辰子、被控訴人黒宮宗重の各証人、本人調書によつて明らかであり、これらの事実は本件四五番土地が前記「証」などの書面によつて「売約」されたことを窺わせる一情況といえないでもなく、いずれにしても、被控訴人らに有利な事情であることは疑いない。

前訴における証拠関係や関連する事情が以上のとおりであるとすると、これを前記二項で認定した訴訟の経過とも併わせ勘案すれば、法律専門家でないいわゆる素人の被控訴人黒宮宗重らが前掲「証」と題する書面及び地間面積写書をもつて土地の売買を証明する資料であると考え、その後四四番土地が野口英郎に売却された事情の変更もあつて、本件四五番土地が亡徳次郎から買受けた土地であると主張して前訴を提起し、訴訟を追行したことを、あながち根拠も、理由もない強引な訴訟態度だと非難することはできず、ましてや、原審証人黒宮辰子の供述で明らかなように、前訴を提訴するについては、同女があらかじめ弁護士の参加している中日萬相談(中日新聞社主催)に相談を持ちかけ、その担当弁護士の紹介で前訴の訴訟代理人である加藤平三弁護士を訪ね、前記「証」などの証拠があれば勝てると思う旨の返事があつたので、夫である被控訴人黒宮宗重に勧め、被控訴人らが同弁護士を訴訟代理人に委任して訴を提起するに至つた事実が認められるから、被控訴人らの前訴の提起及びその訴訟追行をもつて前示要件に該当する不法行為と認めることはできない。もつとも、前掲〈証拠〉によれば、右黒宮辰子は前訴第一・二審における証人として、また、被控訴人黒宮宗重は同第一・二審の原告・被控訴人本人として、亡忠次郎とともに当初の土地売買費の交渉に関与した旨それぞれ供述し、右各供述が前訴第二審判決において措信し難いものとして排斥されていることは前述のとおりであるけれども、このことから直ちに、右証人黒宮辰子、被控訴人黒宮宗重が前訴においてことさら虚偽の陳述をして不当に自己に有利な判決を得ようとしたものと速断することはできないし、本件全証拠によつても右のような事跡は、これを肯認し得ないから、控訴人らの不法行為の主張を採用し得ないことは同断である。〈以下、省略〉

(村上悦雄 深田源次 上野精)

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